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おしりあつめたっていいじゃない

学生時代全力でスルーしていたジャニーズに今更ハマってビビっている社会人

戸惑いの惑星に戸惑ってしてやられた話

ネタバレ満載です!ご注意ください!!

名前の表記ブレはわざとですが、文体とテンションのブレは事故です。ご了承ください。






この舞台は事前情報なしで観て下さい!!!という先人の助言には感謝の念しかない。なんてたって初見の衝撃は、その人生でたった1回しか味わえないのだから!

この舞台の醍醐味は「戸惑う」ことにあると思う。もし、事前情報を入れてしまうとストーリーを客観視してしまい、舞台上で戸惑う登場人物たちと見る人の意識が解離してしまう、そんな気がした。これは、ちゃんと真っ新な状態で、舞台上の彼らの戸惑いを見る人自身の五感で感じてほしい、そんな舞台だった。


まず、『戸惑いの惑星』で私たちが戸惑う要素の一つとして、物語の複雑な構造をあげたい。

現実と劇と劇中劇の世界が入り乱れる構造だからこそ、見ている私たちは一体何を見ているのか分からなくなる。

目の前にいる3人の男性は、トニセンの坂本くんと長野くんと井ノ原くんだ。だが私は彼らを三池と由理と長谷川だと認識している。そして、三池と由理と長谷川としか思えない長谷川の小説の登場人物たち。

井ノ原くんが長谷川になって、長野くんが由理になって、坂本くんが三池になって、なのに彼らはいつの間にか長谷川の小説の中の登場人物になってる。さっきまで語られていたエピソードは誰のもの?

彼らの戸惑いと見ている私の戸惑いが一致する。この共有感は生の舞台ならではのものだと思った。

その戸惑いに気付いた瞬間が最高に心地いい。気付いたあとも、その戸惑いに振り回されるのがまた快感だった。彼らは実在する存在なのか、虚構の存在なのか。その疑問すら戸惑いの素なのが面白い。長谷川が書いた小説の登場人物は虚構だし、舞台上の三池由理長谷川も虚構だし、もしかしたらアイドル坂本長野井ノ原もファンが作り上げた虚構と言えるのかもしれない。ジェットコースターのように、存在とは?そんな疑問に振り回される2時間だった。


次に私たちを惑わすのが、見果てぬ夢との向き合い方だ。

物語の中では夢に酔えなくなっている3人の男が惑いに惑っていた。描きたい絵を誰にも求めてもらえない三池、最早廃れた学問として研究が見向きもされない由理、持ち込んだ小説が127本ボツになった長谷川。そして叶わぬ夢を追いかけることに疲れ、彼らはついには夢を諦めていく。

このまま夢は夢と諦めるしかないのか、救いはないのか。舞台の上の彼らが幸せになれることを祈りながら、私は物語を見つめていた。

1番分かりやすく救われたのが三池だと思う。自分が描きたいと思って描いた愛する人の絵は、ちゃんと求められていたし、長谷川もラストで三池が描きたいと思って描いた絵を大事そうに抱えていた。認証欲求が満たされた感じ。よかったね。

他者の認証を得た三池と異なり、由理は自分の意思で再び夢と向き合うことを決意した。強い。無意識下で強く信じればそれは現実になるって、例え知識としては持っていただろう言葉でも、それを自分の信念にできる由理はすごい。強い。(2回目)

確信が持てないのが、長谷川だ。他者と自分の境が曖昧になっていると分かっていながら、それでも手紙の代行を止められなかった長谷川。自我を失うと分かっていても文章を書くことを止められなかったなんて狂気すら感じる執念だ。そんな執念の末、長谷川はほとんど自我を失い眠り続けるまでになった。意識が曖昧なものになったことで、無意識の中で長谷川は信じられないような小説を書く。

ここからは完全に純度100%の私の解釈でしかないのだが、「これは果たして小説なのか?」「手紙の代筆が向いている」と言われた長谷川の書く文章は、自分の思いを反映したものというよりは、他者の思いを映すようなものだったのではないか。他者を見ている「観察者」であり、かつ気持ちを伝える「代弁者」であることが長谷川の自我だった。しかし、手紙の代筆は「観察者」である長谷川は必要ない。そうして長谷川の身体は他者が通り過ぎるだけの存在となっていった。だが、ラストの病室のシーンで長谷川は「2人のことはよく分かる」と発言する。これは「三池や由理のことを認識しているという長谷川の自我」が明確に存在することを表しているのではないか。無意識下で小説を書くことで長谷川を長谷川たらしめる「観察者」が再び長谷川の中で構築され、自我が甦ったのではないかと考えた。三池の絵を見て「これは僕だ」と言った長谷川の言葉を自我が戻ってきた証だと思いたい。自我を保つためという建前を手に入れた長谷川には、これからも小説を書いていってほしい。


物語の内容としては、「集合的無意識」と「運命」と「自我」がキーワードなのかなぁと。ちょっと場面転換が多くて話についていくので必死だったから、どういう意図だったのか確信はないけど。


物語の点と点をつなぐ役割の彼女については、「上手いこと繋げたなぁ!」とクロスワードが完成したときの感動に似た感情を抱いた。すいません、坂本くん長野くん井ノ原くんに思われる女性なんて羨ましすぎるポジション、どう逆立ちしても自分に投影できなかったので結構他人事な感想しか持てなかった。残念。


物語の役と現実の彼らをオーバーラップすると、長谷川の小説として3人が繋がっているのが表されていたようにトニセンの3人も自我の下の無意識の層で強く繋がってる気がする。私の中で集合的無意識って大海のイメージで、一つの海だけど、場所によってそれぞれの海はそれぞれの別の存在。けれど、トニセンの海はきっと海流で繋がってる。縁ある存在な気がしてならない。繋がってるからこそ、それぞれが運命を掴み取る瞬間、そのまま強く繋がっていられるような道を選択してきた。この舞台を思い返していると、そんな思いにかられる。

また、その運命の切り開き方が、由理は自分を強く信じること、三池は他者に認めてもらって背中を押してもらうこと、長谷川は失いかけていた自我を取り戻すこと、といった形になっていて、もはやその流れはズルい。トニセンのこれまでの転機となったエピソードが脳裏を過る。

自分の中で自分より他者が主役になる瞬間があるとパンフレットで井ノ原くんがそんな風に語っているけど、なにそれ怖い。けれど、話を盛ってるときそこには話を代弁しているだけの存在ではなく確実にオリジナリティを加えている井ノ原快彦が存在している。長谷川が自分たちをモデルにした虚構を自作の小説として創ることで救われたように、6人の真ん中で話を盛りに盛ってふざけ虫になることが、井ノ原くんの救いになっててほしいと願わずにはいられない。


今回は井ノ原快彦の危うさが主軸の物語だったように思える。もしTTTがこれからも続いていくのなら、次は長野博の強さについて語る物語が見たい。そして、その次は坂本昌行の弱さかな。


ではここで発表します!今回のTTTの個人的MVPは井ノ原快彦さんでした!!!

もうね、ずるいわ。最初から最後まで惑わされっぱなしだったわ。


白状すると、私これまで、井ノ原さんは「イノッチ」しか演じられないと思っていた。私が見たことのある井ノ原さんが演じる役が「いい人」だけだったからだ。さらに普段目にする井ノ原さんは、元気で気の利く「いい人」で、いつだって井ノ原さんは「イノッチ」だった。だから、人前に出るときは井ノ原さんは無意識のうちに「イノッチ」になってしまうのだろうと思っていた。

だが、特に教授を演じているところで1番顕著だったんだけれども、そこにいるのは井ノ原快彦でも「イノッチ」でもなく、紛れもなく由理と同じ分野でうだつの上がらない研究をしている老教授だった。驚くほど井ノ原快彦の影がそこにはなかった。それは私にとってひどい衝撃だった。

好きな俳優さんの条件が「色んな人格を演じ分けられる人」である私としては、俳優井ノ原さんがこんなに井ノ原快彦を消した演技ができると思っていなかったので、100カラットのダイヤモンドを発掘した気分。なんで今まで見つけられなかったんだと自分が信じられない。

井ノ原さんには、テンション低めの厭世的な役をもっと振ってあげてほしい。演技力の持ち腐れだ!もったいない、もったいない!


井ノ原さんが井ノ原快彦を消した演技ができる人なんだという前提を持って彼の演技を見ると印象が180°変わる。

当て書きだという事前情報のために、否が応でも長谷川幸彦=井ノ原快彦として見てしまう自分がいた。

記憶が曖昧になりかけの三池や由理に気を使う姿、先生に小説家に向いているといわれたときの姿、ボツが続いてもカラ元気で前向きの仮面をつけているような姿。どれもが、ファンになってからよく見聞きこれまでの「イノッチ」の姿にダブる。

つまり、今私の目の前にいるのは意識的に「イノッチ」を演じている井ノ原快彦ということだ。本人が意識して「イノッチ」を演じているという姿に物凄い興奮を覚えた訳で。彼は無意識に「イノッチ」を演じているのではない、いかなるときも「そう」あろうとして意識して「イノッチ」を演じているんだ!と感じた瞬間、その狂気的なまでの努力にみぞみぞした。伝わるだろうか、私の興奮が!

もちろん「イノッチ」が100%虚像だと言いたい訳ではなく、本来彼が持っている要素を選んで表に出しているって感じなんだろうけど。必要なときに、必要な仮面を、意識的に被れる人なんだろうなという思いを強くした。

「いい人」を意識的にやっているという発見は、裏を返せば、これまでも井ノ原さんが書く文章を目にして偶に感じていたエスプリ効いてるちょっと歪んだ人格が仮面の下に隠されているということの発見と同じだと思っている。今回彼にちゃんと出会えた気がして、物語とも演技とも関係ないところで、テンションがだだ上がりだった。


思わぬ伏兵のギャップにやられてMVPは逃しましたが、今回私の見にいったお目当は坂本昌行なのだよ!


もうね、輝いてた。キラッキラッキラッキラッ。


舞台の上こそ彼の生きる場所だってことがダイレクトに伝わってきた。すごく楽しそうに息をしてる感じ。

坂本さんは華があるね。舞台の上では、どんな役をしてても隠し切れない華が。うだつの上がらない売れない画家をしていても、ふっと香る花の匂いのように、圧倒的な存在感がにじみ出てしまって、観客は彼を無視できない。観客の目を思わず引いてしまう魅力が坂本さんにはある。

今回の物語の主軸は長谷川だったけれど、長谷川の小説の主人公は三池だと思う。そりゃ、あんなドラマティックな人を目にしたら、私でも彼を主人公に小説を書きたくなる。三池にしろ坂本くんにしろ、それほどまでに主人公オーラを持っている。

(ギャグパート、ヤンキーマサは別枠。舎弟感満載のマサすげぇよかった!絶対トップには上り詰められない感じがいいね!きっと兄貴のためにムショに入ることも厭わないレベルの舎弟だね!)

というか、語弊を与えるかもしれないけれど、坂本さんはヒモとか似合いそうだね?圧倒的に華というか、もっというと色気が香ってるんだけど、どこか浮き草のような掴めない感じ?ふらっと家からいなくなりそう。俺がお前を一生守るよとか言ってくれなさそう。言ってくれるかもしれないけど、実行されるか不安な感じ。(その点私の自担オカダくんは、俺が一生お前を守るって言って彼女を家に閉じ込めてたい感じ笑)

『sing!』と共に彼女の思い出を語る三池の横には、はっきりと彼女の姿が見えた。それほどまでに愛しい人を見つめる三池の柔らかい視線は本物だった。そこには坂本さんではなく、三池がいたのだ。愛を歌とダンスで語る坂本さん最高だな?!?

映像での演技に慣れていて、舞台の演技は少し大げさに思えてしまう私だが、歌と共に愛を語る坂本さんの演技にはこれしかない!!!という思いだ。彼の渾身のミュージカルを見てみたい。もちろんラブロマンスでお願いします。坂本さんには愛に生きる男が似合う。


長野博は生に限る。

もうね、びっくりした!余計なものを通さずダイレクトに見た長野博、めっちゃ格好良かった。めっちゃ格好良かった。そんな端整な顔でいいの?ってくらい整ってた。びっくりしたんだよ!バイク乗って迎えに来てほしい。後ろ乗る?って微笑んでほしい!はい!乗ります!!!長野くんバイク好きでいてくれてありがとう!!めっちゃ似合います!!

「人生は悲劇ですか?喜劇ですか?」って教授に聞いてた長野さんめっちゃよかった。もう語彙が死んじゃうくらい最高だった。あの困ってる感じめちゃめちゃいい。メンバーが「なーがーのくーん!!」って責めたてる気持ちよく分かった。長野博は困らせたい。狼狽えるんじゃなくて、困っててほしい。

あとね、マダムすごかった。ただの女優さんだった。なんだろう、あのしっくりきすぎて、逆にあれ?あれ女装だよね?なんで違和感ないの?っていう謎の戸惑い。長野くんのしなやかさが存分に生かされた配役。

今回はギャグパートだったけど、いつか長野くんには真剣にニューハーフの役をしてほしい。長野博の渾身の女性が見てみたい。それで、悪い暴漢に襲われたときに一発でそいつをのしてほしい。なんていう要望なんだ!支離滅裂だ!だけど、いいと思うんだ!!


あと、曲の入り方が素晴らしい!!

ミュージカルというよりはテーマソングって感じ。

よくぞここまで物語とマッチする曲が世界に存在していたなって感動した!当然、出来方としては逆の流れなんだろうけど。そんな風に思っちゃうくらい、挿入歌としてトニセンの曲が話とマッチしてた。


すごく面白い舞台だった。

見事に戸惑った。演じているトニセンのことを観客が知っているからこそ、そのイメージがいい意味で登場人物への理解に影響して、劇と劇中劇の入れ替わり以上の混乱が生まれたのだと思う。

歌の挿入もそうで、原曲を知っているからこそ、元々のイメージを全然予測もしていなかった方向に壊してくれたのが、快感だった。トニセンの曲をCDで聞きたいような聞きたくないような不思議な感覚になっている。それぞれの曲に与えられた舞台でのイメージをまだもう少し壊さずに持っていたい。

実をいうと、トニセン3人の舞台と聞いたときに、トニコンのコントが1番初めにイメージとして浮かんだ。トニセンがトニセンとしてわちゃわちゃ楽しそうにしているイメージ。けれど、私は舞台に立つ以上純粋にエンターテイメントとして面白いものを見せてほしいと思っていた。実際観劇して、私の夢が完璧な形で実現したことに驚きが隠せないし、こんな素晴らしい舞台を作り上げてくれたことに心の底から感謝している。

とりあえず、内容を確認するためと、演技や歌を楽しむためと、魂に刻み込むために、あと3回は見たい。何回だって見たい。ずっと見ていたい舞台でした!!!!!!!トニセン大好き!!!!!!


観劇から二日間ぶっ通しで、勢いのみでこの感想を書き上げました。パッションだけはあります。というかパッションのみの感想です。練度は最低限の解釈なので、そう感じるた奴もいるのかぁくらいで読んでいただけたら幸いです。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。