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おしりあつめたっていいじゃない

学生時代全力でスルーしていたジャニーズに今更ハマってビビっている社会人

オカダ担が見る剛健という名の小宇宙

タイトルの「小宇宙」は「コスモ」と読んでください。なんとなくです。特に意味はありません。

 

先日の#J楽曲大賞 のコンビ部門で堂々の3位に輝いた剛健。発表時はさすが『剛健』!ととてもテンションが上がりました!

さて、担当内コンビランキングで2位のイノ岡の倍以上の差をつけて剛健に投票したオカダ担を名乗るなら、誰よりも剛健を見てきたオカダを愛するのなら、当然私も彼らについて語らなければなりますまい。

いや、新規がただただ『剛健』について語りたいだけなので、どうかお暇な方はお付き合いください。

 

 

3人でカミセンでありながら、Twitterでオカダ不憫タグが流行るくらい、いつだって二人だけの世界を作ってきた剛健。

タキツバにも「健くん、剛くんじゃないの。剛健。剛健なんですよ」「剛さんチルドレンでアメトークに出て健くんがいたら僕は喋るスキがなくなりますよ」と言わしめる剛健。

 

二人を知る人は口を揃えて彼らは二人で一つ、分けては考えられない、『剛と健』ではなく『剛健』なんだと言う。

一体『剛健』ってなんなの?

 

オカダ担として、どうしてこれほど多くの人がこの二人を奇跡のシンメと称するのかその理由が知りたい。圧倒的な理由がなきゃカミセンなのにいつも放置を食らうオカダが可哀想だろう!(モンペ)

ということで、今日は剛健が小宇宙である理由について考えていきたいと思います。

 

剛くんは健ちゃんのことを可愛いとチヤホヤしないよね。それがなんか、いいよね…。

 

昨年『健ちゃん可愛いキャンペーン』を実施していたオカダを筆頭に、他のメンバーは健ちゃんのことを可愛いと褒める。健くんの人柄を素直に可愛いと言ってるときもあれば、アイドルとしてかわい子ぶってる健ちゃんを可愛いと笑うときもある。

 

けど、剛くんだけはそうじゃない。

「馬鹿じゃねぇの」とでも言いたげな小馬鹿にした態度で、まるで男友達のようにバッサリ切り捨てる。

このね!普通具合がね!いいんですよね!!仕事仲間として不正解の剛くんの言動が、まるで個人としての剛くんの言動のように思えてだね!!そこがね!ツボるんです!!

 

そもそも剛健にとってお互いが特別じゃない訳ないんですよ。

まるで鳴き声のごとく「ごぉ!ごぉ!」と剛くんを呼び、なんだってまず剛くんと共有したい健くんと基本メンバーに対して俯瞰で見てることが多いのに、健くんには積極的に自ら構いにいく剛くん。

私がファンになったここ最近だけを切り取ってみても、気が付けば並んで2人でわちゃわちゃしてるシーンが山ほどあります。(おじさんなのに!無邪気か!)

どう考えても剛健はお互いが他とは一線を画す特別な存在だよね!答えは聞いてない!

 

にもかかわらず、意識的に特別アピールしないことが、逆説的に「あ、それガチのやつじゃん…」となる訳です。

アピールのための特別じゃなくて、本当に特別だからの特別なんです。

 

ですが、お互いを特別に思っているだけでは、まだ『剛健』を小宇宙と呼ぶ圧倒的な理由とは言い難い。

もっと奥深い何かを秘めているはず。だって、『剛健』はそんじょそこらの仲良しとは格が違うのですから!

 

剛健が並んでいるところを見ると安易に奇跡のシンメ!!!!と叫びだしたくなる衝動を全てのVファンが一度は経験したことがあるのでは?訳も分からず、しかし魂に訴えてくる『剛健』のシンメオーラマジぱない。

 

ところでですね…そもそもシンメって、なに?(今更)

 

『剛健』は奇跡のシンメとか喚いてみたりするけど、Vファンになるまで聞いたことがなかった概念なんで、実はまだシンメ掴みきれてない。

 

はてなキーワードによると、シンメはこのように説明されています。

 

なんか私の求めてた答えとちょっと違う!

立ち位置が左右対称と言われてもだね、V6の隊形移動は日体大の集団行動ばりの複雑さで、どこに対称の軸があるか分かんないくらいなんだわ笑

 

勝手に拡大解釈いたしまして、シンメとは『2人が揃ったとき、一対の存在として一体感を醸し出すことのできる人達のこと』としておきます。

対になるということが肝なんで、2人のタイプが違っててもいい。むしろ違う方がいい。全く形の違うものが合わせてみるとぴったり当てはまって完璧な形になる。むしろ合わせることで完成する。そんな2人がシンメと呼ばれるという風に感じております。

(シンメの定義を考えている途中で、脳内に(●●)(^▽^・)が「呼んだ?」と顔を出してきた笑 ちょ、ちょっと待って私にはまだあなた達を語れるほどの力量がないの!いつか必ず語らせてもらうからもう少し待ってて!笑)

 

よく剛健は顔かたちが似てる訳じゃないのに双子のように見えるという意見を目にします。その要因の一つとして体格が似ているということもあるのでしょう。元々の意味を考えれば体格が似てる方が見栄えいいですし。

ですが、2人が双子に見えるのは、体格が似てるからだけじゃないはず。では、何が彼らを双子、いや奇跡のシンメたらしめるのでしょうか。

 

驚異的なシンクロ率。

私はここに剛健の『剛健』たる根拠を見出しました。

 

ふいに『剛健』が見せるまるでひとつの脳が別々の身体に同時に信号を送っているかのようなシンクロ具合。

思考を越えた次元での完全一致。これこそ究極の一体感。

 

私、先日のおはようコールでのシンクロしたカニさんポーズにはガチの戦慄を覚えました。え、なんでそのタイミングでそのポーズ揃ったの?怖い怖い怖い!!!!!

掘ればわんさか出てくる剛健のシンクロネタはもはや私にとってキャー♡を通り越して時にヒャー…((((;゚Д゚)))))))です

 

そんな剛健の驚異的なシンクロ率、その1番の要因は健くんの並外れた共感力の高さにあると私は考えています。

感受性と言い換えてもいいんですが、とにかく健くんは他人の感性を掴む能力がすごい。自分ではない人が感じただろう感覚や感情をまるで自分が感じたかのように自身の中で瞬時に再生できる人という印象。あときっとそれはほぼ全自動に近く、無意識で受け取っちゃうんだろうなと思ってます。

その能力は彼のお仕事であるアイドル活動で遺憾無く発揮されていますよね。健ちゃんのファンの目線に立っての言動は「なんでそこまで分かるの」と嬉しさを通り越して驚愕が先にくることさえあります。

 

そして三宅健がその能力をオートでフルタイム発揮している対象が森田剛という男なのです!

私はそれを『剛くん同一視説』と勝手に呼んでます。

 

9/20の横浜でのMCで健くんが「テリトリーの中に入ってこられるのはイヤだ」という話をしていました。その流れで健くんは「なぁ、剛?」とお前もそうだろ?という意味で話を振ります。

(他のメンバーはそう取らず「剛が知らなきゃみんな知らねぇよ!」なんて別の意味の名言が生まれます)

このシーンは深読み大好きオタとしては、健くんの剛くん同一視説の根拠の一つといたしたい。なるほど!健くんにとって、自分のイヤなこと=剛くんのイヤなことという思考回路なんですね!

 

他にも9/21でのMCでは、オカダが「2人は歯を磨くタイミングが毎回一緒!剛くんが磨いたら磨くでしょ?」と健くんの剛くん追随エピソードを暴露してます。曰く、2人の歯磨きのタイミングは剛くん先行であり、そのあと健くんも磨き始めるとのこと。

(そのあと「好きなの?」とオカダが続けるんですが、何故か「俺たちのこと」と自分も含めて聞いちゃうオカダ。おかしいだろ話の流れが!)

剛くんの歯磨きしたいという気持ちが移っちゃう健くん。可愛い。

ちなみにJr.の頃から剛健はいつも一緒に歯を磨いてたって坂本くんがかつて言っていたそうですね。お前ら…そんな昔から今まで途切れることなくずっと一緒に歯磨いてんのかよ…マジか…

 

健くんにとって、時に健くんの感情は剛くんの感情であり、剛くんの感情は健くんの感情である…。図々しいこじ付けだって分かってるんだけど !健くんは自分の感情と剛くんの感情を混同しているって主張したいんだ、私は…!!

 

自分なのか剛くんなのか境目が分からなくなるくらい剛くんを見つめている健くん。

そして、健くんのそんなあまりに近過ぎる、自己同一性を共有するほどの距離感を受け入れている剛くんのデカさよ…

これほど強烈に意識を向け続けられるのもなかなかのプレッシャーだと思うんですが、その圧に押し潰されない剛くんはすごいです。

健くんを語れば語るほど、剛くんの大きさが見えてくる。

 

しかし、案外その関係は健くんからの一方的なものではなくて、剛くんからの矢印もあると思うんです。普段の絡みを見ていると『剛健』は剛←健という関係にも見えるんですけどね、そうじゃないと思いたい訳です。

 

剛くんにとっても、健くんという存在は自分自身を構築する上で、かけがえの無い存在であったと力強く主張します。

 

電話番号やアドレスを頻繁に変え、その都度人間関係をリセットする剛くん。

その癖には剛くんが度々口にする「これまでの記憶があまりない」ことが影響している気がしています。

 

少し時間をおいてしまうと、その人とどんな関係性だったか忘れてしまう。久しぶりに会って適切な距離感を改めて探るって行為はなかなか人見知りにはキツいです。ならば、過去も未来もない、いま関係がある人と刹那的に関わっていこう。

こんな風に考えて、剛くんはその時連絡を取る必要がある人だけにアドレスを教えるなんてことをしているのかなと考えてみました。

 

数々の崇拝者をもつカリスマ森田剛はかつてHEY!HEY!HEY!で「後輩からは慕われませんし、先輩からは別にかわいがられない」と発言しています。V6は他のメンバーもそのような感じみたいですが、事務所の先輩後輩と積極的に交流は持っていないようです。

しかし、そんな彼は「グイグイ来られるのは嫌いじゃない」と言うのです。

 

剛くんとの交流を保つために最も大事ということは、シャイな剛くんにめげずに、これでもかと積極的に攻め続けることなのではないでしょうか?!

つまり、三宅健です。

 

健くんは類まれな人懐こっさで、剛くんが一匹狼だった頃から20周年を超えた今でも、彼の隣に居続けました。

『必ず自分の隣にいる』と確信できる存在はきっと剛くんにとって大きな意味があったはずです。

 

また、健くん自身踏み込まれたくない心の領域を持っているからこそ、どこまで踏み込んでいいかの判断が上手い。

『剛健』は不可侵な領域を持っている者同士が、不用意に踏み込んでこないと信じられることで、お互いにその境界線まで進むことを許しあっているように私には思えます。

 

この2人だけで成立する閉じた関係、そしてその果てしなさが『剛健』を小宇宙と崇めたくたる由縁なのだと思っています。

 

実際のところ、最近の剛くんの発言の中で健くんについて真に迫ったコメントを私が見つけられなかったので、剛くんが健くんに対してどう思っているのかは少しも分からないというのが本音です。

健くんのことに限らず、剛くんは自分の気持ちを言語化して捉えることをあまりしない人なのかなという印象。もちろん剛くんの心の中には様々な想いや感情があるけれども、それはイメージのまま漂っていて言葉では認識していない。言語センスが天才的なので、それを捉えるときは抜群に的を得ていたり、信じられないほど面白かったりするんですが、ファンからしたら「あ、そこをそう切り取っちゃったかぁ」なんて切り口のコメントもあったりして。

THEアイドル健ちゃんがファンが聞きたい言葉を惜しげもなく与えてくれるので、ついつい剛くんからもそんな言葉をもらいたくなってしまう罪深きオタです。グリード。

 

けれどベリベスの特典Aのインタビューで剛くんが言ってくれた「ほんとにイヤだったらいないじゃないですか。だから、いるって事は大切なものなんだと思う」という言葉が全てなのかもしれません。

 

最後に剛健とオカダという構成になりがちなカミセンについて。

 

カミセンが並ぶと『剛健』として成立してしまっている2人に対して1人佇むオカダのような立ち方になっている印象はたしかに拭えません。

オカダのジショでは健ちゃんに対してもっと俺のこと見てくれよと言いつつ剛健に言及して終わるみたいな記事もありましたし。

 

ですが、オカダはそんな『剛健』に強く意識されている。『剛健』にはなれないけれど、2人だけの世界であるはずの『剛健』の中にオカダは確実に存在している。

 

SONGSでの「ここでは良くも悪くもオカダなんだよ」「俺たちの呪縛からは逃れられない」「永遠にな」の掛け合いは、まさにオカダを愛おしむ『剛健』そのものでした。

 

カミセンについては、また『剛健』とは違った意味で奥が深いので、別の機会に語ってみたいです。

カミセンは3人組というより、剛と健准、健と剛准、オカダと剛健とそれぞれの組み合わせで、それぞれが違った顔を見せるところが面白いと思います。

 

長々と拙い妄想文にお付き合いくださり、本当にありがとうございました!!!

 

最後に。

以上の話は一度Twitterで呟いた内容を元に加筆修正、再構築しております。

その際、お付き合いくださりました遊さんありがとうございました!またよろしければ相手してやってください!